ちぇるのの書籍棚

作曲するときに思い浮かべる一つの物語を文章にしています.

【実話】私とK

【登場人物】

 

「K」......  チワワとプードルのミックス犬.2006年8月1日生まれ.お米が好き.

 

   私   ......  2001年生まれのJD.「K」が大好き.

 

______________________________________

 

 

 Kとは私が6歳のころに出逢った.

 

 

 

 

2007年 9月29日 土曜日

 

「K」を迎えに行ったのがこの日. 

私は小学1年生.まだ6歳のころの出来事だった.

 

そして「K」は生まれて約2か月.

彼女が生まれたのは,8月1日.

 

 当日のことを覚えているかと言われたら......そうでもなく,ただ日記帳には「最初はかわいかった.途中からわんわんというようになった」ということが書かれていた.

 

最初は......ってなんだよ.

 

 

 

 

 

 

 薄い記憶をたどると,ペット宅配サービスをつかって大型の宅配業者のようなところに車で行った......車で待ってたら親が連れてきた,気がする.

 

 今ではたたかれそうなシステムだなって......

今の私でも躊躇するサービスだなって思うけれど.

 

……実際のところは不明です.

日記帳にそこまで書いてくれる天才6歳児だったらよかったのに.

 

 

 

 

日記を追っていくと,「K」関連で母に怒られたことが何度かあるようだった.

 

 

無理やり抱いたので怒られた,とか

粗相の処理を嫌がった,とか

5歳の弟の乱暴を止めなかった,とか

 

 

あまり母との仲は良くなかったけど,「K」に関してのお叱りは至極まっとうなものだったなって今では思っている.

 

 

母には毎日起こられていた.

小学生時代,怒られない日は年に両手で数えられるほど.ってことだけは覚えている.

 

玄関から外に出されてカギ閉められたり,家に戻っても,靴置き場の前で泣いてたり,ご飯はないといわれ体操座りしていたり.

 

そんなときに隣にいたのは,実は「K」だった.

私は「K」が大好きで,

 

……まあ「K」は私のこと好きじゃなかった説がありますが.

 

それでもきっと,家族としての信頼はお互いにあったと思ってる.

 

 

 

 

ただ,幼い「K」を怒る両親は,

何度か手を出しているといっても過言ではなかった.

 

 

(一番なついてたのは両親だったのすごく悔しい.)

 

 

 だから__特に年を取ってからは__

差し出される手に警戒するようになった「K」

 

 

 歳をとってからはそんな怒られることもなかったはずなのに......

私が撫でようとする手を何度も噛んだよな.

 

 

 

......この話はまた後でしよう.

 

 

 

 

 

中学校の時,家族で遠出の旅行をした.

 

私はほかの人よりも小柄なほうで,荷物を持つのは大変なんだけど

旅行の時は「K」を誰かが抱っこすることになっていて.

 

 

もちろん「K」が大好きな私は抱っこカバンに入れて持ち運んだ.

あのときがすごく幸せだったんだ.

 

 

「K」視点迷惑だったかな.

重い重いと言って,おいしょっおいしょって.

 

揺らしすぎたかな,酔わなかったかな.

 

 

 

ごめんね.

 

 

 

 

 

そのあと高校受験,大学受験が控えていて……

その時もまだ両親とはバチバチしていた自分だけど.

 

受験時期のバチバチが一番つらかった.

 

 

高校受験前は家出して

大学受験前は授業ボイコットした.

 

 

 

毎日泣いて,学校もさぼり,

保健室を拠点にしたし,体重も落ちた.

 

家にいたらだめだから,駅で時間つぶしたこともあったっけ.

持病の精神疾患も悪化して,正直死にたかった.

 

 

 

大学受験勉強中,家族の他の人が旅行に行ってしまったとき.

そのとき,家に残ったのは「K」と私.

 

 

その時,だったと思う.

「K」が生きているから私も生きようって.

 

10歳超えた「K」の最期まで一緒にいたいって.

 

「K」と一緒にいる時間を長くするためだけに生きようって.

 

 

 

 

今お付き合いしている人と出会うまで,私の生きる理由は「K」だけだった.

それだけ「K」が大好きだった.

 

 

 

 

 

 

「K」が12歳になったあたりだったと思う.

近づくだけで強くかまれる日が増えた.

 

目が白く濁っていて,白内障も患ってそうな「K」

 

上記の話に戻るけど,人の手に警戒してた.

私が撫でる手さえ,きっと怖かったんだろうな.

 

 

 

私の贖罪.

 

「K」のこと,生きている間に癒すことできなかった.

 

怖がらせてしまった.

 

 

これを私は謝りたい.

 

 

 

新しいわんこが来たときも頑張って守ったつもりだった.

一人留守番の時,ずっと抱いて寂しくないようにしてた.

 

 

そんな言葉・行動さえすべてがエゴだった.

自己満だよね,所詮愛玩動物......っていうのはひどいかな?

 

でも,それでも自己満には変わりない.

 

 

 

意思疎通ができない相手に何言ったってエゴなんだ.

 

 

 

 

 

亡くなった日は2023年2月22日水曜日だった.

 

水曜日は私がバイトの日.バイト行く前に両親は仕事に出て,

「K」と別の愛犬,そして私だけの空間になった.

 

「K」は金曜日から急に弱った.

歩くのが大変そうで,それなのに親は散歩もつれてたみたい.

 

 

日曜日の朝だったかな?

私が起きてきたとき,「K」が吠えた.

 

弱ってきてからずっと吠えてなかった「K」.

食欲もない,トイレもうまくできない......そんな「K」が吠えた.

 

 

 

吠えるってどういう感情かよくわからないけど,私だけにする行動.

「おはよう」って言われてるみたいですごくうれしかった.

 

私だけ.

 

 

その行動を特別だと思った.

それもエゴだし,妄想.「K」の真意はわからないけど.

 

 

その日が「K」の最期の吠えだった.

 

 

水曜日,バイト行く前に撮影会をした.

その日亡くなることなんかないと思い込んだ私は,

弱った「K」を少しだけ歩かせて,褒めて.

 

抱っこして自撮りして.

 

無理させちゃった.それが二つ目の謝罪.

 

 

痛かったかな,苦しかったかな.

行く前に水飲みたそうなの,少しだけあげてバイト行っちゃってごめんね.

 

母が帰ってきて,水飲み場前で倒れてたんだって聞いて余計につらくなった.

 

 

 

 

亡くならない,その思い込みは私を最大限に後悔させた.

 

「明日,明日にまた会うからね」

 

「ゆっくり寝てるんだよ」

 

「今日は帰ってきたら,一緒にリビングで寝るからね.」

 

「今日は22:00頃に帰るよ.」

 

そう伝えて撫でて家を出たのが最後.

それが「K」が見た私の最後.

 

22:00なんかに帰らなければよかった.人に会う約束なんかして.

その人に「K」が亡くなってしまうかもしれないなんて心配を吐露して.

 

泣いて,喚いて.

 

帰ったら亡くなってた.……それは本当に馬鹿の行動だった.

馬鹿でしかない.

 

亡くなっていない「K」がいなくなることに泣いて,

泣くだけ泣いて帰ったら間に合わない.そんなの……

 

 

「ただいま!!!K!!K!!!」

 

そう扉を開けて騒いだ私を迎えた言葉が,父の言葉だったこと.

本当に忘れられない.

膝から崩れ落ちたという表現が似合う落ち方をした.

 

泣いた.

 

 

 

膝はなぜか痛くなかった.

 

 

 

 

帰ったのが22:00,亡くなったのは21:40頃?

 

まるで「K」はなくなる姿を私に見せないようにでもしたの?って.

私のお得意の妄想がそう結論付けた.

 

だって,帰る時間伝えたもん.

わざとでしょ,ねえ「K」

 

そうずっと頭で唱えた.

 

 

 

 

帰ったとき,まだ「K」は温かかった.

ずっとずっと撫でた.

 

寝るまで体温が最後まで残っていた.

 

撫ですぎて「K」の体がぺたぺたになった.

それでも撫で続けた.

 

 

 

生きているようだった.

母も言ってた,「Kは普通より最期が綺麗だ」

 

体液も漏れ出ず,瞳も......見れば見るほど目が合うようで.

 

泣きながら爪と毛を切り取った.ネックレスにするために.

 

最後の爪切り.

最後のほう,爪切りしなくてごめんね.引っかかれるのが痛くて避けてた.

そんなことさえ,後悔になる.

 

 

エゴだ,本当にエゴだ.

 

 

 

 

 

朝起きて,葬式に連れていく準備をした.

 

親から逃げて,ずっと帰ってきてなかった弟も家に帰ってきて.

「K」が会わせてくれたんだって,母も喜んでいたな.

 

 

 

朝起きてからも,車に乗っているときもずっと撫でた.

 

5時間ぐらいは撫でた.ずっと離れなかった.

 

 

「これが最後のなでなでだ.」って思ったら磁石のように手が離れなかったから.

車の中で,正直腐敗臭もして気持ち悪くなったんだけど.それでも撫でたくて撫でた.

 

 

葬儀屋さんが言ってた.

ワンちゃんは鶴さんが天国まで連れてってくれるって.

 

 

 

天国にいるか,まだ霊として家にいるかも

よくわからないけど

 

私はこれからも「K」の誕生日を祝うし,「K」を絶対に忘れない.

 

 

 

 

生きているものは二度死を迎える.

 

1度目は息を引き取ったとき,2度目は名を忘れられた時.

 

 

 

 

 

 

 

 

だから絶対に「K」を忘れない.私が死ぬまでずっと.

「K」ありがとうね,いままで.

 

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 血の繋がっていた家族より家族だと想っていた,一匹の犬とのお話でした.

これ書きながら大号泣してる大の大人.

 

全然成長しないなあ.

 

 

(泣きすぎて文章の推敲もできなかったので……また別の日に更新するかも.)

(誤字とかあるかもしれないけど温かい目で見てくれると嬉しいです.)

 

 

 この話から一曲作って,ボカコレルーキー2023夏として一曲投稿しました.
曲を聴くうえで参考になれば......という思いと,Kに対しての謝罪を言語化しました.

 

 

Op.3 「あの日の贖罪と、祝福を。」【作成秘話】

ser-cherno3.hatenablog.com

 

 


Op.3 「あの日の贖罪と、祝福を。」

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